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ANGÉLUS
2015年 アンジェリュスでのぶどう収穫
光輝くアンジェリュス

プロフィール

Hubert de Boüard de Laforest

1956年にサン=テミリオンで生まれたユベール・ド・ブアール・ド・ラフォレは、アンジェリュスのぶどう作りと、醸造蔵の仕事のリズムの中で育ちました。やがて、6代にわたりシャトーを守ってきた祖先たちの足跡をたどろうと志を立てるまでに、そう時間はかかりませんでした。

ボルドー大学の醸造学部でエミール・ペイノー教授の素晴らしい指導を受けたユベール・ド・ブアール・ド・ラフォレは、卒業後、他の土地でのぶどう畑や技術を学ぶためサン=テミリオンを離れ、そのときの体験からたくさんの着想を得ました。1980年にシャトーへ戻ると、ぶどう畑や醸造蔵におけるあらゆる作業に参加しながら知識を確固たるものとし、1985年からはアンジェリュスの経営トップとなりました。ブルゴーニュを中心とした過去の経験を生かし、熟考を重ねた末に、これまでサン=テミリオンでは知られていなかったぶどう栽培方法やワイン醸造技術を導入したのです。

同年、コート・ド・フランのシャトー・ド・フランを購入します。

先駆的なワイン製造者であったユベール・ド・ブアール・ド・ラフォレが、その信念を貫徹させるべく公人となったのも至って自然な流れでした。ユベール・ド・ブアール・ド・ラフォレは、アペラシオンとボルドーワインのさらなる飛躍のため、次のような活動に積極的に参加しています。

- 1991年~1999年:サン=テミリオンワイン生産者組合(Syndicat Viticole de Saint-Emilion)副会長
- 1990年~1996年:ユニオン・デ・グラン・クリュ(Union des Grands Crus)副会長、グラン・クリュ・クラッセ協会(Association des Grands Crus Classés)会長
- 1999年~2008年:サン=テミリオンワイン生産者組合(Syndicat Viticole de Saint-Emilion)会長、INAO(国立原産地・品質研究所)地方委員会会長、INAO全国委員会会員
- 2013年~2016年:ボルドー・ワイン最高評議会(Grand Conseil du Vin de Bordeaux)のグラン・メートル(会長)
- 2011年~現在:サン=テミリオン・ジュラ―ド(騎士団)のプルミエ・ジュラ―ド(騎士団長)

ユベール・ド・ブアール・ド・ラフォレは長きにわたり、新技術を導入したり、アンジェリュスを広く世に知らしめるための活動を精力的に行ってきました。やがて、1996年のシャトー・アンジェリュスのプルミエ・グラン・クリュ・クラッセ(第一特別級)格付け、そして2012年には最高峰となるプルミエ・グラン・クリュ・クラッセA(第一特別級A)に昇格したことで、彼の努力は実を結びます。

ぶどう栽培者としての情熱に導かれたユベール・ド・ブアール・ド・ラフォレは、他のテロワールの開拓も行っており、その活動の一環として、レバノンのマサヤでワインコンサルタント(1997年~2003年)にも就任しています。1998年にはラランド・ド・ポムロールのラ・フルール・ド・ブアールを購入、その後は南アフリカのアンウィルカも購入しています。今日、ユベール・ド・ブアール・ド・ラフォレはワインコンサルタントとして、フランス国内(サン=テミリオン、ポムロール、メドックなど)だけでなく、海外(スペイン、ポルトガル、タイ、レバノン、南アフリカ)でも精力的な活動を行っています。

ユベール・ド・ブアール・ド・ラフォレには、フランス共和国より、国家功労勲章シュヴァリエ、およびレジョン・ドヌール勲章シュヴァリエが授与されています。


Jean-Bernard Grenié

ジャン=ベルナール・グルニエは、1950年5月17日ボルドー生まれ。エレーヌ・ド・ブアール・ド・ラフォレと結婚し、ピエール、ティエリー、ポール=ルイという3人の子どもに恵まれました。

元々の専攻は経済学で、ボルドー大学の法経学部で経済学を修めたのち、1972年に卒業します。
次いで1973年にはボルドーの経営学研究学院(I.A.E)を卒業します。その後、1975年から1977年まで、フランス国の協力役務に志願しモーリタニアへ。1984年にはワイン界に入り、リブルヌのネゴシアンの下で働いたあと、1987年にアンジェリュスに移り、経営陣の一員となりました。

2006年から妻のエレーヌ・ド・ブアール=グルニエとともに、シャトー・ドゲの経営に着手しています。


Stéphanie de Boüard-Rivoal

「私たちは、先祖が紡いだ歴史を、さらに後世に繋いでいくことを任されているにすぎません。つまり私たちの役割とは、出来る限りの好条件のもと、授けられた力を以て、永続性を保証することです。」

ステファニー・ド・ブアール=リヴォアルは1982年にボルドーで生まれ、サン=テミリオンで育ちました。
ボルドー大学経済学部及び、グランゼコールのESCP-EAPを卒業後、2009年までロンドンのUBS銀行でプライベートバンキングのキャリアを積み、次いでスイスの名門銀行ピクテに移り、ここでもプライベートバンキング部門での仕事を継続します。

この頃から既に、ステファニー・ド・ブアール=リヴォアルは、金融界を中心としたワイン愛好家や、イギリスのワインバイヤー、星付きレストランからの要望に応えるべく、ロンドンにおけるシャトー・アンジェリュスのボトルを囲んだディナーパーティーやテイスティングを定期的に企画しています。

2009年になると、ステファニー・ド・ブアール=リヴォアルは、アンジェリュスの監査重役会のメンバーとなり、その資格でシャトーの経営に直接関わるようになります。ド・ブアール・ド・ラフォレ家の8代目の一人として、アンジェリュスワインとシャトーのイメージを国際的に高めるための取り組みを続け、精力的にアンジェリュスのプロモーションに務めました。

2011年、ステファニー・ド・ブアール=リヴォアルは、ロンドンの世界最大のワイン教育機関であるWSETの国際的な上級資格「Advanced Certificate」を取得します。このプログラムを修学したことで、世界のその他のぶどう栽培地について詳細な知識を得ることができました。

2012年に入って間もなく、ステファニー・ド・ブアール=リヴォアルはは、父のユベール・ド・ブアール・ド・ラフォレと、叔父のジャン=ベルナール・グルニエから、アンジェリュスの経営参加への打診を受けました。こうしてピクテ銀行の職を辞して、ファミリービジネスに専念することを決意し、アンジェリュスのゼネラルディレクターに就任します。

2013年には、レストラン「ロジ・ド・ラ・カデーヌ(Logis de la Cadène)」を買収し、若く才能あふれるフレンチシェフ、アレクサンドル・マールを中心とした新チームを作り上げました。


Thierry Grenié-de Boüard

ティエリー・グルニエ=ド・ブアールは、1987年リブルヌで生まれ サン=テミリオンの一族のドメーヌで育ちました。英国のハル大学で国際ビジネスを学んだのち、ドイツのヴィースバーデンのEBS 経済法科大学で経営管理学の修士号を取得。さらにボルドーのケッジ・ビジネススクールでもマスター2(博士前期課程)を修了します。

その後仕事に伴い国を離れ、英国王室御用達ワイン商であるベリー・ブラザース&ラッド社、そしてオーストラリアのマクウィリアムズワイングループ社で1年ほど研鑽を積んだのち、ドイツのハウェスコ社に就職します。その後、オンラインのワイン販売セクターで最もダイナミックな事業 を行っているワイン・イン・ブラック社での、ベルリンを拠点にしたワインバイヤーとしての活動も経験します。
英国、ドイツ、オーストラリアでの経営管理論とマーケティングを学んだ後、ティエリー・グルニエ=ド・ブアールはワイン取引の分野で国際的に幅広く経験を積みました。

同時期に、シャトー・アンジェリュスとクレイン・コンスタンシア(南ア)でワイン醸造も学んでいます。2014年からアンジェリュスのゼネラルディレクター補佐及び監査委員会メンバーとなっているティエリー・グルニエ=ド・ブアールですが、この度、ファミリービジネスであるワイン事業に専念することになりました。